岡本の経歴【第二部 店長兼バイヤー編】

こんにちは。

大阪事業承継パートナーズ コンサルタントの岡本です。

本日は前回の記事に引き続き、岡本の経歴の第二弾【店長兼バイヤー編】として記事にさせていただこうと思います。

ご興味のある方はどうぞお付き合い願います。

第二部

1.バイヤー業務の追加

幸運にも、時代の流れに乗れたセレクトショップ事業は拡大の一途をたどり、さらなる店舗拡大の為、海外からも買付けを行うこととなりました。
そして、私がバイヤーとして任命されることになります。

社長の友人がイタリアでエージェント会社を経営していた事もあり、ご好意で買付けに通訳が同行してくれました。最初の2回は通訳付きで買付け業務を行い、バイヤーの基礎を学ばせてもらいました。 3回目の買付けより、通訳なしに移行。
インターネットやスマホが今ほど普及していなかった当時、イタリア、フランスで私の極めて拙い英語のみで買付けができたのは、バイヤーには、言葉より、目利きが大切だったから、と思っております。(笑)

買い付ける商品は約1年後に店頭に並ぶ品です。次の時代に何がくるのか、日々のアンテナ張りが勝負を分けます。

なおかつ、強いこだわりも必要です。

お店のブランディング、うちはどういうお店なのか、をハッキリさせておく事も大切です。(日本未入荷にこだわり、お客様に驚いてもらう事をテーマにしていました。)

足で見つけるしかない時代、見つかるまで諦めない気持ちも必要です。脚が棒になるまで歩いた記憶があります。

1年に3回ほど買い付けにいっていたのですが、 言葉のコミュニケーションは動作と表情でなんと補うことができました。
ビジネスなので、定型文が多い事もなんとかなった要因の1つでした。
逆に、仕事以外でのレストランが一番困りましたね。不意に話しかけられるとキョトンとなっていたと思います。

今なら、スマホに様々な言語が入っていますから、もっとコミュニケーションがとれただろうと思うと惜しい気持ちです。

 

2.新規店舗立ち上げ

店長業務・バイヤー業務に加え、梅田店(スタッフ8名)名古屋店(スタッフ5名)の新規立ち上げを任せれました。もっとも、梅田店はミナミ店のNO.2が店長となったので、比較的任せられる状態でした。
そのため、私は主に名古屋店のお世話係として、新店舗の店長・スタッフ育成や、彼らの相談役を担っていました。

月に半分程度、名古屋に滞在する事もあり、神戸店がおろそかにならないか不安になったりもしていましたね。

しかし、神戸店にはしっかりとした右腕が育っていました。

不思議な事に私が神戸を空けるたびにしっかりした人材に育っていってくれました。(以前の記事「会社としての「チーム」の組み方・大切なこと」の中で記載した、チームメンバーとして大切にすることの中に「自発性を大事にする」があります。その中で「ある程度、裁量権をもたす」と記載していますが、それはまさにこの時のことです。)

このとき、店長の育成とスタッフの育成の違いを意識していました。

一番大きな違いは、スタッフは相談に対しての具体的解決策を指導しなければならず、店長は人間性を育てないといけないことです。

具体的には、スタッフには、就業規則の遵守、売上目標の達成、仕事での立ち位置、などのレギュレーションから、店長に話しても解決しなかった事、売上の伸び悩み、店長に対しての不満、 自分が何ができるのか、 といった愚痴と取られそうな事も含み、細かく相談に乗っていました。

店長に対しては、主に数字の正しい認識の仕方や人間性、自分の売上よりスタッフがどれだけ数字を作ってくれるかへの意識、下働きの大切さなどについて話していました。店長になったからこそ、自分のことを一番に考えるのではなく、スタッフの事を優先して考えるように強く教えていたと思います。

スタッフにファンになってもらえるよう、この人みたいになりたい、と思うような店長になりなさい、ともよく伝えていましたね。

個性が大事な業界なので、 どのような店長になるかは、モデルケースを作らず、自由に自分のスタイルを決めてもらっていました。

同じような人間を量産するのではなく、違う考え、やり方を歓迎していました。

この頃は、社長に同行し取引先訪問や、VMDも行っていました。
VMDとは、「 ビジュアル・マーチャンダイジング」のことで、より専門的なディスプレイを行う仕事です。

 

 

3.オリジナルブランド立上げ

その後、本店神戸から、ショールーム兼、事務作業を行う部署として本部が分離されました。私は、以前の業務を継続し、この本部では、オリジナルブランドの立上げ・作成に携わりました。

そして本部にオリジナル立ち上げの為のデザイナーが入社したのですが、ここでまた壁にぶち当たります。

個性と我が強い店舗スタッフとデザイナーのコミュニケーションが円滑にいかなかったのです。彼女のデザインする作品はよかったのですが、デザイナーから店舗へのトップダウンがうまくいかず、思ったように売れずにいました。

結果、ますます店舗スタッフとの溝は深まるばかり。

見かねた私が、デザイナーに店舗スタッフとコミュニケーションを取るようアドバイスをしたのですが、結果として、上手く伝えることができていなかったのでしょう。

私はこれまで、信頼関係がある程度築けている状況の中でのマネジメント経験しかありませんでした。自分が、いちスタッフから店長、マネージャーまで歩いてきた会社の中でです。

その点、デザイナーの彼女とは一緒に業務に取り組んだ期間も短く、私と信頼関係を築けていなかったのです。

にもかかわらず、私は今までと同じような伝え方で伝わると勘違いしていました。

今の自分なら、 当時の自分 に「彼女をきちんと知ろうとしていたか」と聞きたいところです。

伝える」ことより相手を「知る」ことの方が何十倍も何百倍も大切なのです。

この事に気づくのはもう少し後となります。

そのまま、私のアドバイスが伝わることなく、彼女も行動を起こすことなく、退社してしまいました。

服飾で有名な学校を卒業し、英語も堪能であったため、とても惜しい人材をなくし、落胆したのを覚えています。

ただ、この時は忙しく、後ろを振り返る余裕が私にはありませんでした。

オリジナルブランドを立ち上げた事がきっかけとなり、今まで以上に、お店の品揃えやスタッフにもブランディングの必要性を感じ、そしてそれを皆に共有することに力をいれていたところでした。

ともすればブランドとしての統一感を失いかねないリスクをはらんだ自由度が高いショップだったため、スタッフへの服装、接客スタイル、仕草や動作と細かいところにも力を注いでいました。

そして、「驚き」「どこにも売っていない服」「奇抜(の中にも上品さ)」
という、どんなお店?!といわれるような、差別化が実現できたと思っています。

 

 

本日はここまでとさせて頂きます。

この後も失敗は続くのですが、スタッフ皆で楽しく業務を遂行していた記憶が強く残っています。

社長や、上司、スタッフに恵まれ、組織の一員として働けていた事に感謝しなくてはなりませんね。

一人でできる仕事も自由度が高く良いですが、皆で力を合わせ目標に進んでいくことも、私自身は気に入っています。

達成できた時や、自分も含め、人の成長を感じれた時なんかは、格別に嬉しいですね。

 

本日もお付き合い下さいまして、ありがとうございます。

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